PICK UP CONTENTS#01
PhilDoが設計から運営までを行なっている
ゲストハウスTHE STAY SAPPOROをご紹介。
[取材・編集 / 長谷川 みちる]
変わりゆく滞在のニーズ

7カ国のゲストが集った日本酒ナイト

「君と僕、超ソックリだね!!」

ふと見れば、がっしりと互いの肩を組む男性の姿がある。その瞬間、ラウンジは大きな歓声と笑いに包まれた。2人の話す言葉は英語と日本語で、恐らく年齢も離れているのだろうが、黒ぶち眼鏡に短く刈った髪の毛、纏う雰囲気がまるで兄弟のように見える。

この日、THE STAY SAPPORO(以下、STAY)で開催された「日本酒ナイト」には、カナダ、オランダ、フィンランド、韓国、中国、台湾、そして日本の7カ国、15人が集まった。年齢、性別、国籍も異なる人々がSAKEを酌み交わし、旅の思い出や、それぞれの国について語り合う。STAYで見られる、おなじみの風景だ。

ラウンジではゲストが料理することも可能。

北海道経済部観光局の調査によると、2016年の道内観光入込客数は5,466万人に上る。そのうち、インバウンド(訪日外国人旅行者)は230万人と過去最高を更新した。アジア諸国の経済成長に伴う海外旅行需要の増加、円安、LCC便の就航増加等々、北海道に訪れる旅行者は間違いなく増加傾向にある。インターネットの普及で世界の情報が瞬時に手に入り、人の移動がより自由になった現在、旅や滞在のスタイルは多様化した。もともと宿泊費が安く、バックパッカーを中心に利用されていたゲストハウス(ホステル)は海外で主流の宿泊形態だったが、2000年代から日本国内でも急激に増加。若者を中心に利用が進んでいる。『全国ゲストハウスガイド』(実業之日本社,2017年)によると、日本国内にはゲストハウスが350カ所以上(北海道27カ所)存在し、そのうち札幌市内には14カ所。札幌ではこの5年間で10件以上が建設されたそうだ。

従来とは違うゲストハウスのカタチ

そのような価値観の変化に伴い観光・宿泊・サービスのありようも変革期を迎える中、STAYは2015年4月にオープン。短期から長期までさまざまな宿泊ニーズに応え、滞在の形を自由に選択できる国内最大級(160人収容)のゲストハウスとして、札幌市街観光や道内各地に足を延ばす際のハブとしての役割を担っている。

札幌の中心部、すすきの、狸小路商店街から徒歩8分。繁華街のノイズに悩まされることもなく、かといって街から遠くもないベストバランスな立地にSTAYはある。10階建てのオフィスビルをリノベーションした同施設は、私たちが思い描く“いわゆる”ゲストハウスとは違って見える。

エレベーターを上ってフロントフロアに到着すると、スタイリッシュなカフェを思わせるラウンジが広がる。最上階には畳スペースなどを設けた雰囲気の異なるラウンジがもう一つ。少し早起きすれば、札幌の街を照らす朝日を眺めることができる。宿泊ルームには1~2名用のダブルベッドルーム、5~6名用の個室タイプ、7~8名用のドミトリー(男女混合・女性専用)があり、シンプルなデザイン設計で清潔感も感じられる。宿泊料の安さによって“飲み込まなくてはならない”要素や、セキュリティに対する心配もない。従来のホステルとも一般的なホテルとも異なる宿泊施設だ。

建築を媒介に生まれるコミュニティ
STAYの独創性は、単なる建築デザインやサービスの良さをウリにしていないところに本質がある。それはハコ(モノ)を作ることがゴールではなく、それらを媒介にしたヒトの交流によって生まれるコト(コミュニケーション/コミュニティ)こそが、エンドユーザーや地域にとって大きな価値になるからだ。

PhilDoは、そのカタチ(仕組み)づくりをプランニングから設計・監理、運営までトータル的に手掛けることで実践してきた。例えば、ハード面では建築基準上の用途が「事務所」扱いとなるオフィスビルを「ホテル・旅館」へとコンバージョン。長期間利用されていなかった既存の建物を再活用することで資材コストや建築工事に掛かる時間を削減するだけでなく、人の流れを再び呼び込み、地域に活力を与える役割を持たせている。

また、施設内部には新たなコミュニティを生み出す仕掛けをあちこちに施した。カフェバーは展開せず、宿泊ルームにはあえて家電製品などを置かない。そうすることでコモンスペースの利用を促し、ゲスト同士やゲストとスタッフの垣根を排除している。さらに、3階と10階のラウンジそれぞれにコモンキッチンを設けることで、食を通じた会話や交流を生み出しているのだ。

このようなハード面から発生するコミュニティの仕掛けづくりは、ソーシャルアパートメント中の島をはじめ、コーポラティブハウスなどの事例を数多く手掛けてきたPhilDoならではの手法であると言えるだろう。

コミュニティ発生の起爆剤

BAR HOPPINGの様子

一方で、新たなコミュニティを発生させる起爆剤になるのは、ソフト。つまりヒトとコトである。まちづくりのコンサルティングを得意とするPhilDoが仕掛けたのは、現地の情報に精通し、海外の人たちとも気兼ねなくコミュニケーションを図ることができる自社スタッフの配置、そしてゲストやスタッフが自由に交流できるイベントの開催だ。

STAYではホステルにそぐわない過剰なサービスは行わない。その代わりに、先述した「日本酒ナイト」のような日本文化に触れる機会のほか、町の飲食店をハシゴする「BAR HOPPING」、日本を含め世界の家庭料理などをつまみがら気軽におしゃべりを楽しむ「Chit Chat Stay」といったイベントを継続的(時に突発的)に開催している。宿泊者に限らず、誰でも参加できるのが特長だ。これらはすべてスタッフたちが独自で企画・運営しており、そのユニークさがゲストの心をつかんできた。

次の飲食店までみんなで歩いていく

「ガイドブックに載っていない、北海道の旅や滞在の形を見付けられるのがSTAYの魅力」とスタッフは話す。自らゲストに声を掛け、札幌市近郊の町へサイクリングに出掛けたり、自分たちが普段利用するような居酒屋で一緒にお酒を楽しむこともある。かしこまったもてなしや、型にはまったオペーレーションよりも、ゲストの時々の状況や気持ちをくみ取ってコミュニケーションするのがSTAY流。だからこそ、一般的な接客サービスでは生まれないコミュニティが生まれるのが、このゲストハウスの特徴と言えるだろう。

ウィンタースポーツシーズンになると雪を求めて毎年長期滞在するリピーター、STAYの魅力にハマり、札幌に住むようになってからもイベントへの参加を欠かさない移住者。スタッフの結婚式に海外から駆けつけるゲストもいる。世界中に友達がいるような、いつでも帰れる第二の地元のような場所。それがSTAYなのだ。

広がる「まちづくり」の可能性

GRIDS SAPPORO

PhilDoが作る新しいゲストハウスのカタチは今、日本各地へと広がりつつある。2017年に札幌市の狸小路商店街アーケード内にオープンした「GRIDS SAPPORO」はこれまでのスキームを生かし、設計監理に加え、ゲストハウスを熟知したSTAYチームが運営に携わっている。そして今後も全世界中にSTAYブランドのゲストハウスを展開していく予定だ。

2018年6月からは「住宅宿泊事業法(民泊新法)」が施行され、観光・宿泊・サービスの世界は新たなステージへと向かっている。エンドユーザーのニーズに応えながらも、地域の資源や文化、そこに暮らす人々の個性を理解して地域を“編み直す”作業は、手間と時間が非常に掛かる。だが、それを一つずつ着実にカタチにしていくのがPhilDoだ。

規模や場所が変わっても、「まちづくり」の本質は変わらない。そして、その可能性は無限に広がっている。